不寝番



見張り台は確かに狭い。
狭いけど、人間二人が並んで座るスペースがないわけでもない。
なのに二人、ぺったりくっついて座っている。
ゾロの両腕の間に、サンジ。
ゾロの両足の間に、サンジ。
ゾロの胸と腹に、サンジの背中。
ゾロの肩に、サンジの後頭部。
金色の頭。
それはもうぺったりと。

洗ったばかりの髪からシャンプーと、洗っても取れない煙草の匂い。
表情が変わらないため傍目にはそれとわからない、けれどたいそう機嫌の良いゾロは手にしていた酒瓶をあおった。
ラウンジでそんな事をしようものなら、すぐさま罵声とグラスが飛んでくる。ゾロが毎回うまく受け止めるから良いようなものの、万が一グラスが割れるような事にでもなったら、きっとサンジはゾロを蹴る。手加減足加減なしで、思いきり来る。
そんな馬鹿が、ゾロは殴ってやりたくなるほど可愛くてたまらない。口にも顔にも出さないけれど。

もう一度、直接瓶から酒を飲む。
やっぱりサンジは何も言わない。
煙草も吸わずにぼんやりと、ゾロにもたれかかったまま暗い空を見ている。
lang=EN-US> 時々、サンジにはこういう事がある。
ゾロが見張りの夜、夜食も持たずに上がって来て、しばらくそうやってぼんやりしているのだ。
最初は誘ってるのかと思った。が、すぐにその気配で違うとわかった。
欲情の匂いもなく、ただゾロに体を預けてくる。
理由は知れずとも、常日頃無駄に強情っ張りなクソコックが体裁もなくもたれかかってくるのは悪くなかった。
もたれてくる体を受け止め、酒を飲み、時折抱き締めたくなれば、腕を回してそうする。
頬をサンジの髪に押しつけて深く息を吸い込めば、煙草の匂いの混じった紛れもない男の匂いがする。
サンジは何も言わずに、されるがままになっている。
ゾロも、それ以上の事はしない。
ゾロが不寝番のときにごくまれにある、たいそう貴重な時間だった。




「なぁ」
その夜は珍しくサンジが口を開いた。
いつもならじっとゾロに体を預け、少しうつらうつらしたり、一晩中起きていたりしてから、夜明け近くになって無言でキッチンへ戻るのだが。
「ん?」
サンジの体の温かさにちょっとうとうとしていたゾロが、目をこじ開ける。
先に口を開いたのはサンジなのに、その続きがいつまでたっても出てこない。
促すでも急かすでもなく、ゾロはサンジの首筋に鼻面を突っ込む。
暖かい匂いがする。
サンジはそれきり、口を開くことはなかった。




よく晴れた海上の朝。
息を潜めたように静かだった昨夜が嘘のように、サンジは今日も元気だ。
元気に朝食を作り、ルフィを蹴り、女性陣に愛と追従の言葉を振りまいている。
まあ、こいつにも色々あんだろ。
そんなふうに大人を気取りながら、ゾロは微笑した。
あまり表情が変わらないから、やっぱり傍目にはわからないけど。




ゾロはサンジの事を、それほど詳しくは知らない。
その過去や生い立ち。どうしてバラティエにいたのか、どうしてあの元海賊に育てられる事になったのか。
おおまかな事は聞いたような気もするが、サンジ本人の口から聞いたのではないのであまりよく憶えていなくてもよし、と判断している。
でも、サンジの夢やこだわりや許せないもの、愛しいものならよく知っている。
それでいい。
それで充分だと思う。
たまにつらいと思う夜に側にいてやれるのなら。
一人でいたくないと思う時に、選んで来るのが自分の側であるのなら。




『朝まで離さずに抱いてあやして、それで泣いたらその涙ごと、つらい事やなんやかや全部吸い取ってやりてえ。
そんなふうに甘やかされた事などないのだろう、あの馬鹿コックにわからせてやりてえ。
だから、安心して何でも言え。
俺に、あの続きを言え。
お前がどうしようもねえ阿呆だって事ぐらい、百も承知だ。
何を言いだしても驚きやしねえ。
だから。
言え。
何でも俺に言え。
クソコック。 』




朝のテーブルには、サンジの愛。
わけへだてなくそそがれる、サンジの愛。
ゾロはサンジの愛を食べて、生きている。
だから、時々は愛を返してやってもいいと思っている。
体だけじゃなくて、その心に。
自分に『愛』なんて小洒落たもんがある事を、教えてくれたこの料理人になら。



END


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